「全体最適」という考え方がどんどん失われている社会をどう思いますか?
港区は、都心の超一等地といわれる南青山に3200平方メートルもの広さの空き地に100億円をかけて児童相談所を含む「港区子ども家庭総合支援センター」を建築すると発表し、説明会では一部住民らから猛反対を受けている。
児童虐待が急増する中、賛成の声が聞かれる一方で、この計画を巡って区では問題となっている。10月に港区が開いた住民説明会で「青山に児童相談所を作る理由はあるのか。青山のイメージに合わない」「非行の少年を預かる施設とは聞いていなかった。不安だ」など、批判的な意見が相次いだ。2日間にわたって開かれた説明会には150人以上の住民らが参加し、予定時間を超えて質疑応答が続けられた。(2018年10月23日 TOKYO MX)
経営や経済において全体最適という考え方があります。すべての部署が会社全体のためになるように機能できており、部署相互も良い影響を与え合っているという状態です。その逆の考え方を部分(局所)最適と言います。
社会や組織においても、全体が良い方向に進んでいる全体最適と、そこの構成員一人ひとりの幸福度が向上している部分最適とがあります。
今週の記事の港区の児童相談所の問題は、部分最適を主張することの極みといえます。日本は、港区だけでできているわけではなく、すべての地域が農作物や海産物、エネルギーなどで関連しています。
しかし、そのようなことは考えられずに、自分のエゴを主張する方々が随所に見受けられます。私も保育園建設反対運動の現場で、そのような方々にたくさん出会ってまいりました。
実際の社会では全体最適がなければ、部分最適は存在しません。
老子や荘子には、「無用の用」という考え方があります。役にたたない実用性のないようにみえるものに、実は真の有益な働きがある、ということ。人が大地に立つのは足で踏まない周囲の無用の土地があるからだ、といった比喩で説かれています。
一見、自分の暮らし(人生)には関係のないものにも、自分の暮らし(人生)は支えられている。ということを忘れずに謙虚になるべきだと思います。
最近の保育施設利用者にも、部分最適の考え方をする方々が増えています。保育施設は全体最適を追求する施設です。そのことを行政も利用者に利用開始前に説明すべきですし、施設運営者もそのことを念頭に置いた運営をすべきだと思います。
施設長のみなさまには、保護者の単なるわがままに振り回されずに、良い保育に専念できる環境を職員さんたちのためにも整備、維持していってください。